静岡市の歴史

太古の昔、ヤマトタケルが賊と戦ったとされる草薙剣伝説。
室町時代には今川義元によって栄えた東国の都。
徳川家康が幼少期を過ごし、大御所として晩年を過ごした静岡市。
かつては駿河国(するがのくに)と呼ばれ東海道の要衝として発展を遂げてきた静岡市の史跡をご紹介します。

徳川家康ゆかりの史跡

久能山東照宮

久能山東照宮

晩年を駿府で過ごした家康が死後、遺命によって亡骸を埋葬させた地に建てられた社殿。全国に現存する約130の東照宮の中で日光東照宮と並び総本宮として知られる。14棟が国宝および重要文化財に指定されており徳川時代の隆盛を今に残す。

駿府城址

駿府城址

1589年に家康により築城。1605年に将軍職を譲った家康が「大御所政治」の拠点として晩年を過ごす。駿府の町割り、安倍川の治水など、現在の静岡市の原型を作る。園内には「家康公手植えのミカン」があり、県指定天然記念物になっている。

静岡浅間神社

静岡浅間神社

家康が今川家の人質時代に、元服式を行った神社。武田信玄との戦では、後日必ず社殿を再建すると祈誓を為し焼失させ、武田方の賤機山城を攻め滅ぼした。天正期には約束通り再建。以来、徳川幕府の祈願所として尊崇を受けた神社。

臨済寺

臨済寺

今川家の人質となっていた幼少期の家康(竹千代)が過ごした寺。今川家の軍師を務めた住職・太原雪斎の教育を受け、この時の教えが後の人生に大きな影響を与えたと言われる。寺には「竹千代手習いの間」が復元されており年に2回一般公開されている。

清見寺

清見寺

幼少期の家康の師であった太原雪斎が、当時荒廃してた寺の再建に携わっていた関係で「家康公手習いの間」の遺構が残る。1607年には朝鮮との国交を正常化させる為、家康は駿府で使節団の来日を実現。その際、使節団の宿泊先に名勝として名高い清見寺が選ばれ、使者をもてなした。

その他の史跡

登呂遺跡

登呂遺跡

日本で初めて発見された弥生時代の集落・水田遺跡。大量の出土品とともに、居住域と水田域が一体となって確認され、弥生時代に稲作が盛んであった事を伝える貴重な史跡。静岡市立登呂博物館が隣接されており、当時の暮らしを体験できる。

清水次郎長生家

清水次郎長生家

清水次郎長や大政、小政の写真。次郎長が使った道具類、資料などを展示。次郎長が産湯で使った井戸や居間などが当時のまま保存されており、当時の暮らしを知る上でも貴重な建物として国の登録有形文化財に登録される。

草薙神社

草薙神社

ヤマトタケルが東征の際に賊に襲われ、野に火をかけて焼き殺そうとしたのを天叢雲剣で草を薙ぎ払い向い火を放って難を逃れたという伝承が残る場所。後に景行天皇がヤマトタケルの霊を奉斎するために創建したという由緒ある神社。

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